記事一覧

良いプログラムは過去との自分と対話ができるもの

 
目次  



プログラムをいっぱい書こう

ハロー、みなさん。エジソンです。

ブログを書くのは久しぶりですね。ネタは色々と溜まっているのですが、中々ブログの投稿ができず、夏が過ぎ秋を迎えようとしています。秋が過ぎ冬を迎える前にブログのネタ帳からどんどんネタを放出していかねばと思っている今日この頃で…、キーボードに手を置いている次第であります。

さて、今回はプログラムの話です。最近よく感じることは、プログラムは現実世界の複写であるということ。めちゃくちゃ細かい部分までブレークダウンした現実世界の事象を私たちはプログラムとして書いているわけです。

プログラムは細かいです。細かいということは、理解しがたいということです。理解しがたいことを理解するには、理解できる様に分かりやすく書かれているプログラムが良いプログラムな訳です。

オブジェクト指向で言うならば、クラスはサマリーであり、メソッドは見出しであるわけですね。
(この例えが果たして正しいのかはわからない。勢いで書いています…)

人は何かを理解する時には、大見出しから理解を始め、中見出しに興味を示し、小見出しに目をとがらせることで細部を理解していくのです!

何かを人に伝えようとした場合に、細部を先に伝えようとしても伝わりません。まずは、大まかなものを伝え、それから中ぐらいなものを伝え、細部を伝えて行くことが人に何かを伝えることに繋がることでしょう。

これは、おそらく真理です。(言い切っちゃう感じで…大丈夫かな…?)

何故そんな風に思ったか

僕の話。最近仕事で、案件を掛け持ちしています。すると、忘れた頃(3日も経過すると忘れる)に過去に自分が書いたプログラムと向き合う機会が出てくるわけです。最早自分が書いたプログラムでは無いもの(書いたんだけど…)が、情報の洪水として降りかかってくるわけです。

その時、強く想うことはネーミングの重要さです。忘れかかっていたとしても、分かり易いネーミングや分かり易い構造を構築しているのならば、仕事への復帰時間が早くなるわけです。例えるならそれは、Windowsが休止状態から起動状態に素早く戻るかの如く…、なのです。

 

大まかにそして、細かく…

人は自分自身が考えている以上に細部を理解することが苦手な生き物です。自分自身がそうであると同時に、自分以外の他人もそうなのでしょう。

例えば、オブジェクト指向言語で言うと、クラスはサマリーでありメソッドは小見出しであるわけです(本日二回目!)。適度に分割され良い感じに命名されたモジュールたちは、過去の自分と対話するための言語と言っても過言ではありません。

自らが書いたプログラムは未来に向けた自分へのメッセージであり、今を生きる自分が過去のプログラムと対峙した場合には、過去に書いたプログラムは過去の自分と対話する手紙の役割を果たすものなのでしょう。

まとめ

 僕が言いたいことはただ一つ。プログラマーは命名力を身につけよ。名付けるということは物事の本質を細部まで理解し、端的に捉えなければできないことです。プログラマーはネーミングマンなのです。ネーマーなのです。創造神なのです。

プログラマーたるもの、ボキャブラリーを増やすことに余念がないこと、プログラミングはスポーツであること(続けなければ衰えるもの)を理解して、精進を続けていきましょう!

そんな感じでよろしくお願いしたく、若人もベテランも日々打ち込んでいきましょう。 そんな感じで頑張りましょう!

関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

EZOLABブログへようこそ。
EZOLABは、札幌のソフトウェア会社です。

http://ezolab.co.jp